【雑記】三つ子の魂百まで

思ったこと・感じたこと
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中流層のみなさん、こんにちは。むたろうです。

「収入は平均くらいですが、会社が嫌いなのでセミリタイアしたい」をコンセプトにブログを書いています。

セミリタイアを目指して不動産投資と全世界株式インデックスを中心に株式投資を行っています。世帯年収960万円ですが、不動産投資と株式投資の力を使ってセミリタイアを目指す過程をブログで発信しています。

今日は小学生時代を振り返ってつらつらと書いてみました。

小学生時代を覚えていますか?

小学生にとって毎日朝起きて学校に通うという作業は、社会人が毎日出勤する作業と似ています。

今思うと、現在の会社通いに対する嫌な感情というのは、小学生時代の学校通いから始まっていると思います。

小学生時代、学校に通うのが嫌でした。月曜日から金曜日まで(中2までは土曜日も隔週半日登校でした)毎日学校に行き、授業の時間拘束され、つかの間の休み時間を友達と楽しむ。

今の社会人の毎日と大差ありません。毎日会社に行き、8時間(またはそれ以上)時間拘束され、つかの間の昼休み、花金、土日を楽しむ。

ただ、学校が楽しくないわけではありませんでした。

友人も多かったし、学業で困ったこともなく、運動で引け目を感じることもありませんでした。

それでも、決まった時間に登校し、校則や授業時間に拘束される毎日。早く下校時間にならないかなと思っていました。

今日の放課後は友人宅に行って何のゲームしよう、今日はグラウンドでサッカーやろう、今日は家でファイナルファンタジーの続きをやろう、などなど帰りのホームルームで放課後の予定を立てるのが楽しみでした。ちょうど、今の金曜の定時前と同じ状況です。

つまり、私は小学校時代の感覚と何も変わっていないのです。まさに「三つ子の魂百まで」ですね。

このときのこの感覚を大切にしておけばよかった、と今では少し思います。

中学に上がっても同じです。部活も始まり、学校に拘束される時間が増えました。

繰り返しますが部活自体も決してつまらなくなかったし、部活後にダラダラ過ごす時間も好きでした。

それでも、自分で自分の時間を自由に使えない感覚?というのがずっと引っ掛かり続けました。

高校は部活で死んでました。進学校でしたが文武両道がモットーで、平日週4で19時まで部活、土日は両日とも半日or1日部活。会社で言えば完全なブラック企業です。部活引退後は毎日受験勉強をして東大へ行け。現役で無理なら一浪してもう1年勉強してから東大へ行け。まさにブラック企業。

ここで私は指定校推薦を選んで、夏からはフリーダムな時間を過ごすことができました。冬からは(自分で選んで)毎日バイト三昧。自分で時間の使い方を自由に決めるっていいなと感じたのがこの頃からです。

大学に入ると、授業の時間も含めてすべて自分で決めることができることに歓喜。

遊び惚けた時期でしたが、やることはきちんとやれました。

・・・そして就活へ。

就活やる前から内容があほらしく、あまり対策をしていませんでした。

これがいけなかった。その頃就活は、「自己分析」と「業界・企業分析」という二つの分析をしろと言われていました。

このうち「自己分析」を完全に舐めていた私は、ほとんど自己分析をしませんでした。自分のことなんだから分析なんてしなくてもわかっている、そう思っていました。

ここで自己分析をしていたら、「時間の使い方を自分で自由に決められる状態」に価値を感じる、という小学生時代から受け継がれる私の性質に改めて気づくことができたのかもしれません。

それに気づいたところで果たして会社員として就職ができたのか、という疑問はありますが、気づかないよりマシだったかもしれません。

入社3年目ではなく、就職前の段階からFIREに向けて何か動くことができたかもしれません。

今となっては後の祭りですが。

とりあえず就職は、口先の面接は得意だったのか、数社から内定を頂くことができ無事?に終えることができました。

FIREしたい理由について深く考えてみると、小学生の頃にFIREの萌芽を見つけることができました。

やはり、自己分析に限らずとも、孫氏の言う「己を知る」という作業は非常に大切なものなのかもしれませんね。

まとまりのない雑記になりましたが、どこかで改めて一度「自己分析」をやってみるのもいいのかもしれません。人生にしろ、投資にしろ、家族観にしろ、死生観にしろ、子供の頃からの感性というのは案外変わっていない、ということも多いのでしょう。

読んでいただきありがとうございました。

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