【雑記】ファイナンシャルリテラシーについて思うこと

その他雑感
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中流層のみなさん、こんにちは。むたろうです。

「収入は平均くらいですが、会社が嫌いなのでセミリタイアしたい」をコンセプトにブログを書いています。

セミリタイアに向けて一番重要なことはファイナンシャルリテラシーを高めることだと思います。これは様々な本やTwitterなどで頻繁に言われていることですし、その点に異論はありません。

ファイナンシャルリテラシーとは「投資や会計に関する知識を高め、自らの資産を作り、そしてそれを守っていく能力」だと思います。もちろん、今後もこの能力を獲得し伸ばしていきたいです。

そこで今日は、そのファイナンシャルリテラシーについて、今までの自分の人生を振り返って思うことを書いてみます。

完全にエッセイ的なものになりますが、お付き合いいただける方がいたら読んでもらえると嬉しいです。

そもそも、ファイナンシャルリテラシーは必要ですか?

この問いに対して、投資をしていたりセミリタイアを目指していたりする方ならば、ほぼ全員が「必要だ」と答えるでしょう。私も必要だと感じています。

しかし、各人が自ら思う「良い人生」を歩むために必須なものだとは、私は思いません。

もちろん少しでも知識があった方が、老後の資金を作るといった場面などで役に立つことは間違いありません。

しかし、ただがむしゃらに働いて、結婚して、子供や孫の成長を見守って死ぬ人生だって悪くないと私は思うのです。特に本人がそれで幸せを感じるならなおさらです。

また、結婚しなくたって没頭できる趣味があり、そこにお金をつぎ込んで、週末ごとにそれを楽しむ人生だって悪くないと思います。

結局「本人がどう感じるか」ですから。

私がこんな思いを持っているのは、私の家族がどちらかと言えばそういう人生を歩んだからかもしれません。

母の場合

私は、幼い頃に両親が離婚・再婚しました。

2人兄弟でしたが、私たちを養うために母は懸命に働いてくれました。ここで、母に十分なファイナンシャルリテラシーがあれば、また違ったのかもしれません。

それでも朝早くから出かけていき夜遅くまで働いてくれた母に私は感謝しています。そのときに稼いだお金を少しずつ貯金してくれていて、私たち兄弟の大学費用の一部に充ててくれました。

ここで「貯金じゃなくて、投資信託や米国株を買っておけば」など、色々やれることはあったのかもしませんが、母は再婚するまで懸命に働き、懸命に貯金し、そのお金で私たちを大学に行かせてくれました。

ファイナンシャルリテラシーに関する知識と言えば、「懸命に働いて貯金をすること」くらいしか持っていませんでしたが、その母が私たちを育ててくれました。

祖父の場合

上記のような理由もあって、私たち3人は母方の祖父母の家で暮らしていました。

母の稼ぎだけでは足りなかったのか、その頃すでに定年退職をしていた祖父は、再雇用のような形でまた働きに出てくれました。68歳から73歳くらいだったと思います。

戦争を乗り越えて40年近く働き、やっと定年退職してゆっくりしていた状態からまた働きに出てくれたのです。

今自分がやろうとしているセミリタイアとは正反対のことを、祖父は私たちのためにしてくれました。

ファイナンシャルリテラシーがあれば、定年までに十分な貯えを持っていて、それを運用するなりしてお金を作り出すことができたかもしれません。しかし、祖父は昭和気質な男で、「男は外で稼いで、給料は妻に渡して口を出さない」と考えているような人でした。

定年後は色々持病を抱えていましたが、その状態でさらに5年も働いてくれた祖父には感謝しかありません。平日は働き、週末は私たちを遊びに連れ出してくれました。父のいなかった私たちのために、父の代わりをしてくれたのだと思います。

私が高校生の頃、祖父は亡くなりました。その頃はもうすでに別居していましたが、ファイナンシャルリテラシーの欠片もなかった祖父から、私は多くのことを教えてもらいました。

私はセミリタイアをしたいと考えていますが、祖父が自分にしてくれたことを思うと、少し後ろめたい気持ちがあるのが正直なところです。

父の場合

私が中学生になる直前に母は再婚しました。

父となった男性もファイナンシャルリテラシーはまったく持っていない、どちらかと言えば昭和気質な男性でした。どのくらいかというと、銀行から勧められた、手数料のバカ高い投信や外貨建て保険に退職金を突っ込みそうになるくらいにはやばかったです(笑)私が慌てて止めましたが。

それでも、母の連れ子だった私たちを養い続け、大学費用まで出してくれました。

おそらく中学から大学までが子供に一番お金がかかる時期だと思いますが、その時期を支えてくれたのが父でした。

私たちが父に慣れるのにも時間がかかりましたから、父も色々悩んだと思います。

それでも、朝早くから夜遅くまで働き、私たちを養ってくれました。平日は私たちが起きる前に家を出て寝た後に帰ってきて、週末は疲れからか昼頃まで寝てました。

「働いて貯金をするのが一番、株や投資なんてギャンブルだ」と思っていた父でしたが、その父は連れ子だった私を大学まで出してくれました。

私には2人の父がおり(金持ち父さんの冒頭みたい笑)、今はどちらにも会いますが、私にとっての父は再婚後の父です。

うまくまとまりませんが・・・

つらつらと書き散らしてきて、何が言いたいのかまとまらなくなってしまいました。

私自身、ファイナンシャルリテラシーはこれからの時代必須の知識だと思いますし、これからも知識の習得を心がけていきたいと思っています。これは紛れもない事実です。

しかし、今までの人生を振り返って感じるのは、「ファイナンシャルリテラシーを持っていない人たちの人生が積み重なった結果、今の私がある」ということです。ですので、ファイナンシャルリテラシーを持っていない人、興味を持たない人を一概に卑下することはできないと私自身は感じてしまいます。

(※もちろん、そのような人たちがいるからこそ、お金について知っている人たちが得する世の中であることについては、私も認めます。)

これは私固有の経験に基づく考えですので、そう感じない人がいることはもちろん承知していますし、その考えを否定するつもりはまったくありません。

私がやろうとしている「ファイナンシャルリテラシーを高めてセミリタイアを目指す」という行為が、今の私自身を作ってくれた人たちに反する行為なのではないかと少なからず感じてしまう今日この頃です。

しかし、私自身がファイナンシャルリテラシーを高めることで、これからの時代でも、私が、祖父母や両親にしてもらったようなことを、自分の子供や孫たちにしてあげることができるのかもしれません。

また、自分の子供たちに与えるだけでなく、今の私を作ってくれた両親にも恩返しをしていきたいと思っています。祖父母はもうこの世にいませんから感謝を伝える術はありませんが、恥じない生き方をしていきたいですね。

さらに言えば、学生時代に出会ってからもう15年近く仲良くしている友人たち。彼らとも投資の話やお金の話などはほとんどしませんが、それでも人生の宝です。現実世界にいる周囲の人たちを私はやはり大切にしたいと思いました。

「なぜファイナンシャルリテラシーを高めるのか」「なぜ投資をするのか」という問いに対する答えをはっきりさせておかないと、目的と手段がときに入れ替わってしまいます。

ファイナンシャルリテラシーを高めることや投資をすること自体が目的の人は、きっと多くないはずです。投資先、市場の動向、企業決算、リスク管理、資産の分散具合などなど気にしなければいけない細かなことはたくさんありますが、それぞれが「なぜファイナンシャルリテラシーを高めたいのか」「なぜ投資をするのか」ということをたまには立ち止まって再確認するのもよいかもしれませんね。

私なんかが偉そうに書いてしまい釈迦に説法かもしれませんが、改めてそんなことに思いを馳せた少し涼しい初夏の夜でした。

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